子どもが高熱と発疹!突発性発疹だと思ったら『川崎病』で入院に【闘病記③】

前回に続き、川崎病の闘病記です。
診断から入院までです。

過去記事はこちら↓
【闘病記①】川崎病について
【闘病記②】発熱から診断まで

川崎病に関しては、ネット検索とこちらの本 『川崎病 増え続ける謎の小児疾患』 でも情報収集をしました。
また、実際に病院で見聞きした内容から、実体験をまとめています。

前回までのあらすじ
発熱5日目で夫が息子を病院へ。
病院にいる夫から「川崎病の疑いがあり、大きい病院でこのあと診てもらう必要があるらしい」と電話が…
外で仕事をしていた私は、慌てて家に帰宅します。

目次

診断から入院まで

夫と息子と合流、大きい病院へ

小走りで家に向かいながら、子どもとの入院に必要なものを検索しました。
こちらのサイトに行きつき大変参考になりました)

家に着いたら大急ぎで、大体2日分くらいの着替えや入院に必要なものをまとめました。

2日分にしたのは、夫に数日に1度着替えなどの荷物を持ってきてもらえそうかな?と思ったからです。

 

コロナ渦で医療機関の逼迫が叫ばれ自宅療養者が激増している中、

本当に入院できるのかな?

診てもらえるのかな?

少しでも気が緩むと、不安で涙が出そうだったので無心で必要なものを頭をフル回転させて荷物をまとめました。

 

かかりつけの病院へ向かうと、夫と息子も丁度お会計を終えて出てきたところでした。

ベビーカーに乗っている息子は、いつもより元気はないながらも、よく喋ったりしていて、朝とあまり様子は変わらなかったので少しだけ安心しました。

幸いなことに、自宅からタクシーで5~10分程度の大きな病院に紹介状をもらうことができたので、そのまま急いでタクシーに乗って向かいました。

12時頃に病院へ着き、救急外来へ案内され、発熱してるので念のためやや隔離された場所で待機になりました。

 

診察と血液検査で母子分離

その後、救急外来用の薄暗い小さな診察室に案内されました。

そこで若い女性の医師とやや中堅の男性の医師2名で、診察をしてもらえました。

 

「このあと血液検査もしますが、症状からしてほぼ川崎病で間違いないと思います。」

「川崎病は、最低でも1週間は入院になります。経過によってはもっと長引くこともあります。」

「点滴と血液検査をするので、その間に必要あれば入院の準備など整えてください」と告げられました。

この時に「個室を希望するかどうか?」も確認されましたが、夫が即答で個室でと答えてました。

今となっては個室じゃなかったら、どうやって過ごせていただろうか心配になるくらい個室にしてよかったと思っています。

※ただ、個室に入れるかは病床の空き状況によると説明を受けました。

 

本当に川崎病だったんだ―ーーー

ショックを受けつつも、ある程度覚悟もできていたので、この時は冷静に先生の話を聞きながら受け入れられていたと思います。

このあとの点滴と血液検査は、「親は一旦退室して息子と先生と看護師さんのみでやる」と説明を受けました。

息子は診察室の簡易ベッドに寝かされて、立ち去ろうとする私達の姿をみて、それはそれはもう泣き叫びます。

「ママーー!抱っこしてほしーー!泣」
「行かないでーーーっっ!やだーーーー!!ママ―ーーーー!!泣」

息子にとっては、なんだか具合が悪い中、急に大きな病院に連れられて薄暗い診察室で、大人数人がかりでベットに押さえつけられて(タオルで体をぐるぐる巻きにされてた)

急にママとパパが自分を置いて行ってしまう―ー

なかなか事態を把握しきれない2歳の息子にとってはそれはそれは不安だったと思います、、痛々しいほど泣き叫んでいました。

必死に抵抗しながら、大声で泣き叫んで訴える息子の姿を見て、立ち去りながらこの時になって、初めて涙が溢れました。

 

私「・・・かわいそう…泣」

夫「かわいそうだね、、」

ぽつりと夫と会話すると、夫も目に涙を滲ませてました。

 

ここからは少し余談です。(読み飛ばして頂いて問題ありません)

実はこの初日に、血液検査と点滴で1時間以上親と離されてずっと泣き叫んでいたことが、息子にとって超トラウマになり、その後の入院生活に結構支障をきたすことになります….。

入院中、私が少しでも息子のベッドから降りると泣く、先生や看護師さんの訪問がある度に、また連れて行かれるのではないかと泣きわめいて私に必死にしがみつく…

血液検査での母子分離は、「”痛いことをされているのにママが助けてくれない”ことが親子関係に影響をきたす」ということなどが理由のようですが…ちょっと個人的には懐疑的です。

その後、入院中に何度も血液検査を母子分離で実施しますが、「ママと離れてちっくんするよ」と説明すると、その時の息子の要求は「ママと離れたくない、一緒に行きたい泣」その一点でした。痛いことが嫌とは言っておらず、あくまでママと離れて、連れて行かれることに恐怖と抵抗を訴えてました。

もちろん元気になればなんだっていいという気持ちではあるのですが、血液検査は親も同席した方が子どものメンタルに良いのでは…?と個人的には思いました…。

気になって調べてみると、
同席するか否か選択できるようにしている小児科医の方や、
こういった研究
などもあります。

母子分離するメリットが、本当にデメリットを上回っているのでしょうか…?
医療従事者でもなんでもない一当事者としては、同席するか否かの選択が与えられたら嬉しいなと思います。

いよいよ入院、隔離病棟へ

血液検査と点滴で、息子と別れた時点で時刻は14時頃でした。

そこから1時間ほど、診察室から少し離れたベンチで座って待っていました。

入院の準備はほぼしてきていたので、病院内のコンビニでお昼を買って食べたり、私はこのまま入院になるので夜ご飯におにぎりを買ったり、シャンプーコンディショナーなどを買い足しました。(お風呂入れるのだろうか…という不安を抱きつつ)

看護師さんに呼ばれて、息子と再会し泣きながら抱っこされている息子を受け取り、強く抱きしめました。

泣き喚いて声も枯れて、汗もびちゃびちゃ。

息子の左手には、点滴用の器具が付けられていました。

よく頑張ったね。。

 

先生からさらっと、「川崎病で入院となります」と再度説明を受け、また別室の待機場所に案内されました。

入院の部屋の準備が整うまで、また1時間ほどそこで過ごし、16時頃に病室の準備が整ったので、案内されましたが、ここでもう夫とはお別れでした。

コロナの影響で、付き添いは1人のみ
・交代不可
・面会不可(荷物受渡しも直接は不可)
・付添人は病院からの外出不可

そして、付添人の食事はでません…。

突如始まった24時間付き添い入院生活は、なかなか大変なものがありました。

 

高熱が出ているということで、血液検査とともにPCR検査もされていました。

早くて夕方もしくは翌日に結果が出るので、それまでは一時的に隔離病棟?のようなところに案内されました。

 

そこでは報道で見たことある光景が広がってましたーー

「立ち入り禁止」といったテープが貼られていて、そこ以降のエリアは防護服を着た医療従事者の方々が忙しそうに行き交ってました。

(入院予定の人が、PCR検査の結果が出るまで一時的に待機するためだけのエリアなのか、実際にコロナの患者さんを受け入れているエリアなのかはよくわかりませんでした。)

 

私たちは、大人用のベッドと柵付きのベビーベッドが用意された大部屋に案内されました。
(大部屋ですが、隔離用に個室として使っているようでした)

ぼかしています。雰囲気が伝わればと思います。

一歩その病室に入ると、PCR検査の結果が出るまで、もう一切出てはダメ(病院内のコンビニはもちろん、廊下に出るのもダメ)と説明されました。

陰性がわかるまでは、夫から何か荷物を受け取ることもできないと説明されました。

 

私はこの時、すごく不安で不安でしかたがなかったです。

もしコロナにもかかっていて、陽性だったら?

この病院で入院させてもらえない可能性もあるのだろうか?

各地域の病床が満床で、自宅療養者が増えている中、コロナで川崎病の息子を受け入れてくれる病院がすぐに見つかるものなのか?

 

どうかコロナではなく、このままここで入院して早く川崎病の治療ができますように…そう祈ってました。

この時からもう、私は祈るしかできなくて、病気の息子を治すことは私にはできないという事実に、母親ながら本当に無力だなと感じていました。

私自身入院したのは出産の時くらいで、わりと健康体だったので、医師の方々を始め、医療従事者の方にこれほどすがる思いと、感謝の気持ちを感じたことは、いまだかつてなかったと思います。

 

しばらくすると先生がやってきて(先ほどの若い女性医師と中堅男性医師)

「血液検査の結果ですが、CRP値は15でした。普通は0.5以下なので1を切るまでは入院になります。」と説明されました。

 

別途、簡易的な心臓のエコー検査をしてくれました。

後遺症で冠動脈に瘤ができる病気であり、気になりどころだったので、すごく緊張しました。

何が何だかわからない映像が映っているエコー画面を、じっとじっと食い入るように先生と一緒に見つめました。

 

異常は今のところ見受けられませんでした。今回は簡易検査なので後日ちゃんとした検査をしますが、一旦は安心して良いでしょう」と告げられました。

少しほっとすると同時に、早くちゃんとした検査も受けたいなと思いました。

 

18時半頃にはご飯が出て、息子はもりもりと食べてました。
(息子は泣き疲れてはいましたが、この時もそこまでぐったりしているわけではなかったです…)

隔離病棟なので、全部使い捨ての容器

度々、息子の様子を見に来てくださる看護師さんが、「お母さんの夕ご飯ありますか?下(コンビニ)で買ってきましょうか?」と声をかけてくださり、お気遣いに頭が下がる思いでした。(買い込んでいたので、丁重にお断りしました)

 

19時頃には、PCRの結果が出て無事陰性でした

本当によかった・・・・

ただ、時間的にこの病室(隔離病棟)で一泊過ごし、翌日の朝に小児科の病室へ移動することになりました。

 

この日の20時頃からやっと川崎病の治療を開始することになります。

Vol4に続きます。

症状の写真

※以下、発疹や点滴など少し痛々しい写真が出てきますご注意ください

手の発疹

手のひらが真っ赤で腕の方まで発疹がありました

足の発疹

この時が発疹のピークでした。かゆそうでした。

点滴(左手)

左手が使えなくて不自由そうでした

Vol4に続きます。

普段Instagramでは、子育て・幼児教育・知育などについて「知ってると少しプラスになる知識」を発信しています。
よければこちらも覗いてください。

ちか

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